障害者に町で出会ったら。「ひとつだけ、僕からのお願い。」
「障害者に町で出会ったら。」
確かこんな題名の本が有ったと思います。
実は読んだこと無いんです。
昔、僕がまだ学生の頃、大阪の地下鉄御堂筋線で車椅子の方を見かけました。
当時、まだエレベーターは無かったと思います。
その方は、階段の下で
「どなたかお願いできますか?」
と、周りを見回しながら言われました。
僕は勿論すぐに寄っていったんですが、ささっと車椅子の周りに僕より早く男性達が集まってきて、
さっと車椅子ごとその方を担いで階段を上まで運んでいきました。
僕も遅ればせながら何とか手助けに間に合いました。
今でもはっきりと覚えているんですが、そのとき集まってきたのはみんなスーツを着た、明らかにサラリーマンと思われる方ばかりだったんです。当然のようにささっと集まってきて、慣れた感じでささっと運んで、ささっと何事も無かったかのように散っていかれました。通勤時間だったせいもあるのかもしれません。けど、「大阪のサラリーマンもやるじゃん!」と当時感激したのでした。
で、今度は自分がそういう立場になってしまいました。
熊本にいた頃、どこに行っても「大丈夫ですか?」と声をかけられました。
最初はとてもうれしかったんですが、少しずつ自分でいろんなことができるようになってくると、
人間とは都合のいいもので、ちょっとうっとうしくなってきました。
僕はもう自分で車の乗り降りができるようになったんですが、未だに「お手をかしましょうか?」と声がかかります。
(かなり大変そうにみえるみたいで、思わず声をかけたくなるようです。)
とてもありがたいお言葉なんですが、僕の場合、手順道理やらないとスムーズに乗り降り出来ないんです。
車椅子も自分で取り込まないと、自分で出せなくなるんです。
ですから、声がかかる度に丁重にお断りしています。
一番困るのは、好意でやってらっしゃるんでしょうが、
突然声もかけずに手を出してこられる方、
車から降りようとしているのに、車椅子をたたんで車に乗せようとした方。
今度は乗ろうとしているときに、僕を中に押し込もうと腕を引っ張ってくれた方。
(身体を支えている腕を引っ張られると当然落ちます。)
飛行機に乗ったときのこと。車椅子からシートまで航空職員の方が2人で担いでくれるのですが、
人間の持ち方が分かってないらしく、脇を抱えられたときに肩を痛めてしまいました。
2週間ほど肩が上がらず、ベットからの乗り降りも大変でした。
介護というものは思いつきだけでするものではありません。
身障者と一言でいっても色んな障害、色んな程度の障害レベルがあります。
みためより重度の人、又はその逆。
介護福祉士という資格まであるんですよ。
高校生の介護研修?だったかな?これが確か問題になっていましたね。
その資格のない未成年にどこまで介護のお手伝いをやらせていいのか、
(介護されるひとに危険はないのか)
受け入れる施設はみんな頭を悩ませてるんだそうです。
ちゃんとした知識も経験もない人が「多分こうなんじゃないかな?」
とやってみて、「あれ〜違った〜?」ではやられる方はたまったものではないはず。
アメリカのようにボランティアに資格、研修が必要とまではいわない。
けど、もう少し身障者のことを知っていて欲しい。
確かに日本は町中で身障者を見かけることはあまりないです。
みたこと無い物に対処できないのは当然といえば当然なんですが。
ひとつだけ、僕からのお願い。
困ってるかな?という人をみかけたら、まず
「お手伝いが必要ですか?」と一言声をかけて下さい。
その人の障害、状況によって必要な手助け?はその人が一番解っている筈ですから。
"May I help you?"
これこれ。これです。(ちょっと英語に自信ないんですが)
昔、車椅子の方を見かけた大阪の地下鉄の駅には、エレベーターが出来ました。もう、人のお世話にならなくともよくなりました。(全部の駅がそうなってるといいんですが。どうなんでしょう?)
暇があれば、僕は町中に出かけることにしています。
出来るだけ沢山の人の目に、日常的に僕の姿がはいることが大切だと思っているからです。
車椅子マラソンとか、パラリンピックもいいけど、やっぱりそれはどこか違う世界の話なんだと思われていると思うんです。
98/09/17(Thu)
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